お父ちゃんのひとりごと

子育て時々スノーボード

お母ちゃん、ありがとう

こんばんは、お父ちゃんです。

実は、今年の6月に母が他界しました。68歳でした。覚悟はしておりましたが、想像していたよりも母親の死というものは堪える。寂しい。ホント寂しい。

今回は、お父ちゃんの母親とはどういう人だったのか、そして母親の死について書いていこうと思います。

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母という人

一言で言えば、竹を割ったような性格の人でした。スパーンと。お喋り好きで社交的、誰とでも分け隔てなく付き合える人でもありました。

僕が子どもの頃の母は厳しく教育熱心な部分もあり、勉強嫌いな子どもだった僕は、そういった部分が好きになれませんでした。この頃の母はホントよく怒っていましたね。で、小学2年生のとき、町内の秋祭りで獅子舞を見て作文を書いたのですが、その内容というのが、「僕のお母さんは獅子より怖いです。」的な内容。

そんな獅子より怖い母ですが、僕が高学年になると怒る頻度が減りました。急に減りました。教育方針を変えたのか、見捨てたのか分かりませんが、ホント急に減りました。聞き分けの良い子になったとか、進んで机に向かい勉強する子になったわけではない。相変わらず勉強嫌いな少年。なぜ減ったのかホント謎です。

母の病気

今から8年前の秋、ある病気で母が倒れました。僕は地元町内の秋祭りに参加中で、連絡を受けすぐに病院へ向かいました。一命は取り留めたものの少々後遺症が。といっても少し忘れっぽくなった程度。身体が不自由になるといった後遺症はなし。

入院中の母

倒れる前と入院中、そして退院してからしばらくは、ほとんど記憶がないと後に話しておりました。入院中は毎日病院へ行き話をしたけど、反応が鈍かった。ぼーっとしている時間が長く、それ以外はだいたい寝ていたね。倒れる前のお喋り好きな母ではなく、何とも言えない気持ちになりました。

母は、ぼーっとしているとき、突然ビートルズの曲を口ずさむことがありました。そうです、母はビートルズが大好きだったのです。倒れるまで知らんかった。

僕はビートルズのCDとCDラジカセを病院へ持っていき、母に聴かせました。嬉しそうに聴き口ずさむ母の姿を今でもハッキリ覚えていますが、入院中記憶がほとんどなかった母は、このことも覚えていなかったそうです。

退院後の母

退院してからもしばらくは、ぼーっと過ごす日々。そんな母に、リハビリの1つとしてジグソーパズルをさせました。ジグソーパズルに、そのような効果があるかどうかは知らんけど。

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2ヶ月ほど経ち、いくつかジグソーパズルを完成させた頃には、以前のようなお喋り好きで社交的な母に戻りつつありました。

母の怪我

母が退院してから2年が経ち、自由気ままな独身生活を送っていた僕も遂に結婚。新婚生活をスタートさせました。母はというとお喋り好きな人に戻るには戻ったのですが、昔のように活発に行動することがなくなりました。これも病気の後遺症だったのでしょうか。

そんなときに母は脚を怪我して入院、そして手術をすることに。手術をしても元のように歩けるようにはならず、ますます外に出なくなり年々弱っていきました。とは言うものの、相変わらずのお喋り好き。身体は動かさなくても、口はよく動いていた。

母の死

母の死は思っていたよりも早く訪れました。今年の5月頃から一日の大半をベッドの上で過ごす日々。トイレと風呂以外はほぼ降りることがなくなりました。食事もベッドの上。そんな弱っちまった母は6月に、ある病気の検査でしばらく入院することに。ちなみにこの病気が原因で亡くなったわけではない。

検査結果次第ですが、2週間ほど入院して退院するはずだった母。入院して7日目の明け方、息を引き取りました。連絡を受け病院に駆けつけると、病室のベッドには亡くなって間もない母が。よくある表現だけど、ホント眠っているようでした。いつもと一緒。「オカン、朝やで。」って声をかけたら起きるんじゃねーの。てぐらい。

母は亡くなる前日、見舞いに訪れた伯母たちに「明日家に帰るから。」と、言っていたそうです。そんな予定ではないのに。

死期が分かっていたのかな。

最後に

弱ってきた母を見て、あと何年も一緒には居られないんだろうなと思っていましたが、まさかこんなに早いとは。

親と一緒に過ごせる時間なんて、人生の中でほんの少し。中学、高校と大人になるにつれて、親とともに行動することは減ってきますよね。大学生や社会人になれば、実家を離れて暮らすようになる人も多いのでは。結婚なんてしたら、女性はもちろん男性も親と同居はしない人がほとんどでしょうしね。

ちなみに僕はずーっと実家暮らし。結婚してからも親と同居。母とは43年間、一緒に暮らしてきたわけですよ。まあ、暮らしてきただけで、中学になった頃から、どこかに一緒に出掛けることは、まずなかったけどね。

そう考えると、僕が休日に息子たちと遊べる時間はあとどれくらいだろう。中学生とかになると、親よりも友達と行動することが増えるだろうから、9ヶ月の次男坊だと12年、長男なんて7年しかない。なんか寂しい。母親が亡くなりたまらなく寂しいのに、息子たちと過ごせる時間のことを考えたら、ダブルで寂しくなった。

さ、寝よ。おやすみなさい。